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「死」を受け入れるということは?

先日知人から、「最後のメール」を受け取った。内容は肺がん末期で再度入院するらしい。そして、印象に残ったのが「人生なんて虚しい」と最後に綴られていた点だ。経営者の虚しさも感じた。新しい店舗のオープン前らしい。

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このメールで私が彼にしてあげられることはないか?と考えたが思い当たらなかった。そして、自分がほぼ健康で生きていることに感謝の思いを寄せた。
そして、人生やビジネスにおいても「運」を引き込むことがとても大事なことだと改めて感じた。「運」と言ってしまえば他力本願な発想のように思えるが、そうでもない。言葉にすると「運」なのだが、人生には「運」といってしまうほど簡単出ないものがあるような気がする。

夢半ばでこの世を去らなければならない人間に「運が無いね」と言ってしまえばすべてが終わってしまう。しかし、今年であった企業の軽絵者をリタイアした老人がこんなことを言っていた。

「自分が生きているうちに達成できる夢なんて、小さなものだ。この私の夢は、私がこの世を去って10年後くらいに達成できる夢です」と語っていた。
それは、地域の子供達が国際的な教育を受けられるようにと、ある団体を創設した。その夢の達成は自分の死後10年後だということだ。

だれでも死ぬ。問題はいつ死ぬかということだ。
人は今を大切にしなければならないということだ。つまりどんな「時間」をどのように使うか?
「今を大切に生きる」そんなことぐらいしか、人間が「死」を受け入れてできることはないかだ。

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