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申し訳ない気持ちから寄付をする

熊本の地震で多くの人が被災している。私しゃ位はその人達の心配をするよりまず自分はラッキーと感じる。とりとめ人々の役に立っている人生を生きてきたわけではないが、何故か生きている。自分勝手に生きてきたけど何故か生きている。
NY・LA・マニラとデンジャラスなところで生きてきたけど、何故か生きている。

まずは、生かされていることに感謝するしかない。そして自分が幸せでなければ、人を助けることは出来ない。ただ、TVから悲惨な映像も見て、ポケットにある小銭を寄付する程度だ。それで、また自分はラッキーだと感じる。自分がラッキーだと感じたいために、申し訳ない気持ちから寄付をする。

神は残酷だ。きっと熊本でも人々との役に立っている人も被災しているだろう?何故、私が神から行かされているのだろうと考えても答えがでるわけでもない。そして、感謝をするしかない。コンセプターという仕事は、それほど人に役に立つ仕事ではない。企業の道標・ビジネスの道標。生きる道標が出来るわけではない。

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