コンセプトワーク
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他人のせいにして生きている人たち

最近、他人のせいにして生きている人が多いいように感じる。現実を受け入れられず他人のせいにして生きるのは、究極的には犯罪者の始まりだ。昨日、保釈された清原も同じかもしれない。しかし、誰もそんな時期はあるのかもしれない。それでも、最近良くそんな人達に出会うというか私は巻き込まれている。これ自体自分のせいであると自覚している。しかし、その改めての自覚するところから考えると、心の何処かで私は、現在抱える小さな問題をそれらの人のせいにしているのかもしれない。でも、私は、それらの人々を哀れに思うだけだ。自分に起こるこを他の責任にして生きるのは簡単で虚しく、良い人生とは限らない。仕事関係でも社会ニュースでも同じである。多くは政治の舞台からも始まっているようにさえ思える。

コンセプトワーク

あなたの生きる目的は?目標は?
この仕事の目的は?目標は?
何のために、どんな人生をくるために

上記のように完全に目標を見失っている。
自称コンセプターの私は、その方向性を示す仕事になる。
しかし、そんなもの無視して仕事をする人が多い。結果・・・・?ですね!

刺繍的にはすべて自己責任で生きるようのなか?他人に依存して生きるのは?モンキーハウス(留置所)で生活するようなものだ。
自由に生きる。自分のやりたいように生きる。そこには現実がある。現実からすべて身の回りに起こる問題や上手く行かないのも自己責任となる。
そうでなければ成長も問題解決もできない。

良い人生を生きるのも、良い仕事をするのもコンセプトワークがとても大切ではないのか?

「復讐するは我にあり」は、新約聖書(ローマ人への手紙・第12章第19節)に出てくる「愛する者よ、自ら復讐すな、ただ神の怒に任せまつれ。そんな小説があったね?